研究紹介

「メーカー・大学編入コース」では、自動車の研究・開発の現場や四年制大学で専門領域を学ぶために必要な物理学や設計についても学びます。実際の研究の一例を紹介します。

「空飛ぶタイヤ」の撲滅 Season1(JIS)

はじめに

「空飛ぶタイヤ」は、池井戸潤の社会派小説であり、2018年に放映された人気歌手グループTOKIO長瀬さんの主演映画された作品です。作品名からはその内容を想像することは難しいと思いますが、走行中の大型トラックから脱落したタイヤ(ホイール)が近くを通りかかった親子を直撃した死亡事故を取り扱ったものです。大型トラックのタイヤは1つ100kgを超えるものもあり、走行している状態で脱落した場合の破壊力は凄まじいものです。また、乗用車と異なり後軸の両側にダブルタイヤ(インナ・ホイールとアウタ・ホイール)が装着されているため、同時に2つ脱落する ことも考えられます。このようなホイール脱落事故の原因が車両にある場合もありますが、そのほとんどはホイール脱着時の整備不良によるものです。具体的にはタイヤ(ホイール)を取り付けるときの締め付けトルクが過少あるいは過大である場合や、取り付け用のハブボルトと締め付けるホイールナットの潤滑不良によりハブボルトの軸力が過少あるいは過大となりハブボルトが疲労破壊を起こしタイヤがホイールごと外れてしまいます。本学は全国でも珍しく大型トラックの整備教育を行っており教育内容にはホイール脱着整備もあります。冒頭の「空飛ぶタイヤ」の撲滅を学生に強く意識づけするにはホイール脱着整備の重要性を定量的に教育する必要があります。ここでは、作製した装置を用いて測定したハブボルト、ホイールナットの潤滑条件とハブボルトの軸力の関係を用いて、潤滑条件が適切でなければたとえ適正な締め付けトルクで締め付けても適正なハブボルトの軸力が得られず走行中にタイヤが脱落する可能性が高まることを説明します。

教育研究装置

図1 はドラム,ハブ,インナ・ホイールおよびアウタ・ホイールをハブボルトで組み付けた実験装置です。図2 はハブボルトの超音波変位センサ、図3はナット締め付け用の油圧レンチです。(ドラムとハブはインナ・ホイールの内側にあります。)

教育研究装置

図1 作製した教育研究装置

教育研究装置

図2 変位センサ(ドラム裏面)

教育研究装置

図3 締め付け用油圧レンチ

ホイールボルト引張応力(引張荷重)とひずみ(伸び)の関係

図4 はハブボルトとナットを組み付けた状態で引張試験機に取り付けた様子です。超音波変位計はボルト上端面に取り付けています。図5は静的引張試験の結果で、ひずみが0.45%までは引張応力とひずみは比例関係にありボルト(ナットと結合した状態)の見かけの縦弾性係数は約150000 MPaでした。

図4 引張試験機

図4 引張試験機

図5 引張応力とひずみの関係

図5 引張応力とひずみの関係

ホイールボルトの軸力測定方法

ハブにインナ・ホイール、アウタ・ホイールを取り付けるためのハブボルト,インナ・ナット,アウタ・ナット6組は全て新品を使用しました。測定手順は、はじめにインナ・ホイールをハブボルトとインナ・ナットで既定の締め付けトルク400Nmまで段階的に締め付けながらハブボルトの変位を測定します。次にアウタ・ホイールをアウタ・ナットで既定の締め付けトルク400Nmまで段階的に締め付けながらハブボルトの変位を測定します。変位を計測するハブボルトは全6本中の3本(1本おき)であり、潤滑条件を「無潤滑」、「エンジン・オイル潤滑」、「二硫化モリブデングリース潤滑」とし各条件で繰り返し3回ずつ行いました。また、インナ・ナット、アウタ・ナットの締め付けには油圧レンチを用い、締め付け時のハブボルトの変位は超音波変位計で測定します。そして、静的引張試験で得られたハブボルトの見かけのヤング率を用いて軸力を計算し、ホイールの締め付けトルクとハブボルトの軸力の関係を求めます。

結果と考察

図6(a)~(b) に「無潤滑」「エンジン・オイルで潤滑」「二硫化モリブデン入りグリースで潤滑」の各潤滑条件でのハブボルトの締め付けトルクとハブボルトに生じる軸力の関係を示します(ただし、測定した3本のハブボルトの内1本の結果)。そして、次のことがわかりました。
(1)正規の方法であるエンジン・オイルによる潤滑ではハブボルトの軸力は約60kNでした。
(2)アウタ・ナットの締め付けにより生じる軸力は潤滑状態によらずインナ・ナットの締め付けにより生じる軸力より小さくなりました。
(3)無潤滑状態ではハブボルトの軸力は約30kNであり、正規の方法であるエンジン・オイル潤滑の約50%の軸力しか得られず、たとえ規定トルクで締め付けても潤滑しなければ軸力低下によるタイヤ脱落の可能性が高まると考えられます。 
(4)二硫化モリブデン(固体潤滑剤)入りグリースによる潤滑ではハブボルトの軸力は約70kNとなり、エンジン・オイルで潤滑した結果とほぼ同様でした。大型トラックのホイール脱着整備でインナ・ナットおよびアウタ・ナットに二硫化モリブデン入りグリースを塗布することは厳しく禁止されていますが、今回調査したホイール(JIS方式)では塗布による過大な軸力は確認されませんでした。

図6(a) 締め付けトルクとボルト軸力の関係(無潤滑)

図6(a) 締め付けトルクとボルト軸力の関係(無潤滑)

図6(b) 締め付けトルクとボルト軸力の関係(エンジンオイル潤滑)

図6(b) 締め付けトルクとボルト軸力の関係(エンジンオイル潤滑)

図6(c) 締め付けトルクとボルト軸力の関係(二硫化モリブデン入りグリース潤滑)

図6(c) 締め付けトルクとボルト軸力の関係(二硫化モリブデン入りグリース潤滑)

教育改革研究推進プロジェクト

プロジェクト名

  • 「空飛ぶタイヤ」の撲滅 Season1(JIS)
研究者